ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ8)

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『Aちゃん、お疲れ様』
「お疲れ様です」

いつも通りの挨拶を交わし、こちらから用件を聞こうとするよりも先に、電話越しの田ノ上さんの雰囲気が変わった。
それがメールの件だと察した私は、背中を小さく丸めながら耳を済ませる。

『人事部からのメール読んだ？』
「ちょうど今読んだところです」

声を顰めるように聞かれ、困惑しながらも返事をする。
内容は把握したが理解ができない。
そう素直に伝えると、田ノ上さんは同情するように宥めてくれた。

『そうだよね……急に言われても困るよね。おそらく何もないというか、相手は何も出来ないと思うんだけど…気にしないでなんて無責任に言えないからさ。それに俺としては、Aちゃんに出来るだけ警戒して欲しいと思ってる。会社の方にもちゃんと問題提起するように言ってるし、何かしらのアクションは起こすって言質も取ったから』

とにかく気負いしないようにと、田ノ上さんはひたすら親身になって私を気遣ってくれた。
「大丈夫？」と聞かれ、「大丈夫です」と返す。
今の状態では、そう伝えることが精一杯だった。

「すみません、ありがとうございます。とりあえずいつも通り、でも少しだけ警戒しながら過ごしてみます」

ごめんね、と田ノ口さんは申し訳なさそうに謝ってくれたが、彼は少しも悪くない。
何で急にこんなことに、という不安と、間違いなく私の存在で会社に迷惑を掛けてしまっているという事実に、胃の奥がズンと重くなるような感じがした。

『今日って阿部ちゃんの同行だよね？確か生放送って屋外の広場でやるやつだったよね。それって一般観覧の人たちのすぐ近く収録してなかったっけ？』

「確かそうだったと思います。タレントは関係者出入り口を使いますし、警備スタップとパーテーションも使ってきちんと一般観覧の方々と距離は取るはずですが、今日の阿部さんの出演は大々的に事前予告もしているので……あ、やっぱそうですね、もうすでにかなり並んで待機してくれている人がいるみたいです」

自分のケータイを使ってSNSで検索をかけてみると、まだ放送まで三時間以上あるにも関わらず、多くのファンが阿部さんを一目見ようとテレビ局の収録が行われる広場に集まり、待機している状態の画像が出てきた。
電話口の向こうで田ノ上さんが「まじかぁ」と苦々しく唸る。

阿部さんにとっても久々の生放送。
よりにもよってなんでこんな日に…というのが正直な気持ちだった。