ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ27)

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「申し訳ありません。受け取れません」
「どうしても、ですか？」
「……はい」
「なんで…」

か細く呟いた唇が戦慄く。
眉間に皺を寄せ、彼女は苦しそうな顔を見せた。

このままでは泣いてしまうのではないか。
そうは思いながらも私にはどうすることもできず、これ以上のことはしてあげられない。
してはいけない。

頼むからもう諦めてくれ。
そんな願いを込めて言葉を押し出した矢先のことである。

「規則なので、受け取れません」

「規則だ」とはっきりと拒絶した瞬間、それまでの弱々しかった彼女の目の色が一変した。

「調子に乗るなよ」

それが彼女の声だと、すぐには気が付かなかった。

正確に言えば、唇が動いたのは認識したが、獣が唸るように低く、しかし刺すように鋭い言葉が目の前の大人しそうな女性から発せられたものだと結びつかなかったのだ。

燃え滾る瞳。
怒りに歪んだ顔。
彼女がフェンスを押しのけてこちらに向かってくる。

そこからは一瞬だった。

力任せに突進してきた彼女に突き飛ばされた体が横に大きく傾く。
突然のことに膝から力が抜け、ガクンという衝撃と共にバランスを崩した視界は勢いよく反転した。
焦る先、目に飛び込んできたのはすぐ近くに置かれた台車だ。

視界いっぱいに広がる機材。
身構える余裕なんかない。
咄嗟に歯を食いしばり、ぎゅっと目を瞑った。
積み上がった機材の山が大きな音を立てながら壁や床に当たって崩れ落ち、同時に、右腕に切り裂かれたような鈍い痛みが走る。
私の体はなす術もなくコンクリートの床に叩きつけられた。

手のひらが擦れる感覚。
背中への衝撃。
受け身を取ることもできず、勢いよく打ち付けた肺が痙攣を起こした。
痛みに悶えることも、身じろぐことさえもできない。
口からハッハッと犬のような浅く短い呼吸が繰り返されるものの、吸っても吸っても、引きつけを起こした肺へ酸素が入ってくることはない。

痛みと苦しさに訳のわからない涙が溢れ、目の前がぼやけた。
頭に靄がかかり始め、徐々に意識が遠のいていく。

体のいたる所が火傷したように熱い。
息ができない。
苦しい。

朦朧とするなか、私は無意識に関係者口の扉を睨みつけていた。

──死んでも阿部さんだけは守ってやる

視界の片隅には髪を振り乱し、半狂乱になりながらこちらに手を伸ばそうとする女の姿。

絶対、ぶっとばす。

誰かの劈くような悲鳴が聞こえたところで、プツンと糸が切れたように意識を手放した。